相続対策における生命保険利用に関する考察

2023年06月02日 09:14

 いざ、相続となった場合に遺産をどうやって分けるか、相続税はかかるのか、相続税はいくらなのか、相続人同士で揉めてしまって大変なことになったなど、何の準備もしないで相続を迎えると様々な問題が起こり得ます。
そうならないためにも事前の準備として相続対策を行なう必要があります。
相続対策には遺産分割対策、納税対策、節税対策とありますが、対策の手法の一つとした生命保険の利用があります。納税のための資金確保、節税のための500万円の非課税枠の利用、遺産分割における代償分割合のための資金確保等で生命保険の利用価値はあります。
では、遺産分割における争いの防止という面では生命保険の利用はどうでしょうか。
「特定の相続人を死亡保険金受取人に指定することで、遺産分割をスムーズに進めることができます。なぜなら、死亡保険金は受取人固有の財産なので遺産分割協議の場に死亡保険金が遺産として登場することはありません。」という専門家もいます
果たして、この専門家が言うように遺産分割をスムーズに進めることができるのでしょうか。
まず、死亡保険金の性質について確認しておきます。この場合にいう死亡保険金は受取人固有の財産であり特別受益に該当しない、というのが遺産との関係でみる死亡保険金の位置付けとなります。但し、他の共同相続人との関係で著しい不公平があるなどの特段の事情がある場合には特別受益として持戻しの対象となる、というのが判例の立場です。特別受益の持戻しの対象となるというのは遺産に加えるということです。
ですから、死亡保険金は原則として受取人固有の財産として遺産に加えませんが、例外もあり遺産に加えることもあるということです。この点を間違えないようにしていただきたいと思います。
次に、原則どおり受取人固有の財産として問題ない場合、本当に遺産分割はスムーズに行なえるのか確認してみたいと思います。
死亡保険金は受取人固有の財産という性質上、原則として、遺産として取り扱わないので遺産分割協議の対象とはなりません。その性質を利用して、例えば、親の介護を他の共同相続人より献身的に行なってきた特定の相続人に対して、それに報いるために死亡保険金受取人に指定し少しでも多くを受け取るようにするというのは意味のあることだと思います。ただそれが、遺産分割をスムーズに行なえるか否か、というのとは別の問題になります。
「受取人固有の財産」というのは判例より導かれた法的性質のもので、「法的にはこう扱う」といういわば机上理論でもあるわけです。実際に裁判になればこの法的性質をもとに審判が行なわれると思いますが、法廷を離れた「家族の話し合い」である「遺産分割協議の場」では、「法的にはこういうものだ、しかし・・・」ということになりかねないので、「いわば机上理論」と表現しました。
法律や判例の規定では相続人、特に不利益を被ったと思う相続人は納得しないのが常であると理解しておいた方が良いでしょう。
では、家族の話し合いである遺産分割協議の場ではどういうことが起こりうるのでしょうか。
死亡保険金が受取人固有の財産で遺産には算入しない代わりに、その分遺産分割による相続分を差し引くようなことを他の共同相続人から言われたり、受取人に指定された相続人も死亡保険金は自分の固有財産だから遺産とは関係ないから相続分はしっかり貰うと強固に言ったり、遺産分割の前に死亡保険金の存在について受取人に指定された者とされない者の間で争いが起こりかねないというのが現実ではないでしょうか。
 相続開始前に受取人に指定された相続人以外の相続人に保険証券が発見されてしまい、ちょっとしたトラブルになったという実例もあります。
これがほとんど会うようなことのない被相続人の兄弟姉妹の代襲相続人同士というような縁の遠い関係ならもしかしたら死亡保険金のことは隠し通せるかもしれませんが、被相続人の直系卑属である子供同士である場合には保険証券を発見したり、預貯金通帳からの生命保険料の口座振替を発見したりと知られる可能性は多くあります。生前贈与を使って保険料を贈与してたとしても子供同士という近い関係では知られてしまう可能性は高いのではないでしょうか。仮に知られなくても「疑念」というものが起こり得ます。この「疑念」は遺産分割協議に影響を与えることもあります。
死亡保険金は受取人固有の財産という性質を使って特定の相続人に多くを遺すというのは良いことだと思います。気を付けなければならないのは、受取人固有の財産だから大丈夫と安易に考えないで、前述したリスクを念頭に置きながらプラスの対策を練ることが必要だということを頭の片隅にでも置いておいてください。
以上、今回は相続対策としての生命保険の利用について、遺産分割という側面から考えてみましたが、対策のための手法には万全なものはないので、「リスクの有無」というものを考えながらケースバイケースで設計していく必要があると思います。
“手法ありき”にならないようにご注意ください。

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